スターエッグ(1)

 半年前に始まった体育館横の工事。どうも規模がおかしい。

 学校の施設が新しく建設されるらしいが、手当たり次第に聞いて回っても、詳しいことを誰も知らなかった。先生に聞いても一様に首を振る。まさか誰も知らないということはないだろうに。

 しかし、世の中には、誰も関与していないのに粛々と進んでいく計画というというのがあってもおかしくはない。誰かの親が問い合わせでもしていないのだろうか。力を持たぬ一学生というのは無力なものだ。問いを発せども、謎を解くことが叶わない。

 日常に蒔かれた謎は、私たちが日々の生活にかまけている間、淡々と養分を蓄え、すくすくと成長する。いつか、皆に忘れられた頃、それがどのようなものになっているのか、きっと誰も知らない。

 そういうものが世の中にたくさんあると思うと、私はとても安心するのだけど。

 

ーーー

 

「さ、帰るで。学生の仕事はお仕舞いや。就業時間は守らなあかん。」

 友人から声をかけられる。友人は別段学校が嫌いというわけではない。むしろ好きな方だと思うのだが、終業のベルが鳴るといち早く出て行く。詳しく聞いたことはないが、何か思うところがあるのだろう。

 一度、延長していたHR中にこっそり出ようとして見つかり、却って帰宅が遅くなったこともある。無論、それに付き合わされた私もたっぷり絞られた。今でも恨んでいる。

「たしかに、学生の仕事は終わったかもしれない。しかし、人生の仕事とは、まさに今から始まると思わないかい?」

「また小難しいこと言って。人生の仕事を始めたいから、うちはさっさと帰りたいねん。」

「うむむ。」

 私は教室の窓から見える建物に目をやる。体育館の横、件の施設だ。

 あれから滞りなく工事は終わり、建物は完成した。足場やシートは取り払われ、今では半分に切られた巨大なゆで卵が鎮座している。ゆで卵、というのは比喩ではない。ほんとうに真っ白でドーム状の建物なのだ。見たところ、窓も入り口もない。

 先ほどのHRで、明日から授業での使用が開始されると先生が言っていた。私たちのクラスが一番乗りとのこと。気になる。

「日米共同開発のタイムマシンという噂があったな。」

「その手の噂は全部君が流したものだろう。半魚人の養殖所、隕石を誘導する装置、巨大迷路、学内自給自足を目指した畑、コールドスリープ研究所。クラス内で出回った数々の怪文書、筆跡は全部君のものだったように思うが。」

「はー、世知辛い。パソコンの操作、いよいよ覚えなあかんわ。」

「活字だろうがなんだろうが、クラスでそんなことをするのは君くらいだけどな。」

「でも、突飛な方が夢があるやん。うちは皆に夢を見せてあげてるんよ。」

「夢ねえ。」

 でも、よく考えてみると、人に夢を見せることなんてできるのか?

 私は夢を誰かに見られたことなんて一度もない。将来の夢を人に話したことはあるけど、あれだって別に直接心の中の夢を見られたわけではないだろう。「見たで!昨日のあれ、あの夢はちょっとないんちゃうか!」と、友人なら言いかねないが、実際にそんなことを言われたことはもちろんない。

 謎には夢があるという点では、友人に同意してもいいけれど。

「なあなあ、うちもう帰るで。」

 よしなしごとを考えていたら、友人がしびれを切らしたようだ。私の返事も待たずに歩いていく。

 さて、どうするか。ゆで卵は気になるのだが、果報は寝て待てともいう。どうせ明日になれば、嫌でも謎の正体は暴かれるのだ。ならば、他にするべき人生の仕事があるのかもしれない。

 後ろ髪を引かれる思いではあったが、私は友人の後に続いた。

(続く)