影とよくわからないもの

 大きな影を見た記憶があります。小さい頃、マンションの3階に住んでいたのですが、そのベランダからの光景だったように思います。ベランダの前には長い坂道があって、その日は雨が降っていました。周りは暗くて、僕はぼんやりと坂道を眺めていたと思います。雷か何かが突然光って、辺りが真っ白くなりました。その時、坂道いっぱいの大きな人影が見えたのです。

 何がそんな大きな影になったのかとか、その時どんな気持ちになったのか、ということはよく覚えていません。高いところから大きな人影を見ている絵が、強く印象に残っていて、今から当時の状況を推測すると、そういうことではないのか?ということを書いています。もしかしたら、テレビか何かで見た映像とごっちゃになっているのかもしれません。或いは、普通に道を歩いていたおっちゃんの影を、記憶の中で誇張している可能性もあります。でも、別に事実でなくてもいいとも思います。たとえこれが夢であったとしても、頭の中の大きな人影の絵というのは、何かしら空想の材料になります。 

 今、もし大きな影を見たら、どんな気持ちになるでしょうか。不思議に思い、驚き、或いは怖いもの見たさで、思わず影の方を向いてしまうと思います。何がそこにあるねん?と。でも、たぶんそこには何もないのです。そこにあるのは影だけで、影を作り出すものは何もない。影だけがそこにあります。何かがそこにあるから影ができるのだ、と普通は考えますが、たとえ逆であっても誰も困りません。よく分からない影を見た人が、あれはなんだと目を向けた時に、はじめてよく分からないものとしての何かが想像されるのです。影の方が先で、ものの方が後。

 だから、ものの方は想像の領域なのです。想像するのに疲れたら、足元の影だけ見ていればいいと思います。

 

2017.7.20